Project 3

日本各地のストーリー創作

けっぱれ

 駅に着き、車から出て改札に向かっていくと、祖母がわざわざ降りてきて、けっぱれ、けっぱれ、と繰り返しながら悠人の両手を握った。戸惑いながら、悠人も照れずに手を握り返して、何度も首を縦に振った。
 運転席を見ると、佐々木さんも手を振ってくれている。
 もっと休みを取っておいたらよかった、と名残惜しくなって何度か振り返ってから駅に入り、電車に乗った。
 新幹線のホームに着く頃になってふと思いつき、母親に電話をした。
「これから岩手を出るよ」
「楽しかったでしょう?」
「まぁね。昨日の夜に女の子がぼんやり見えて、おばあちゃんは座敷童って言ってた。もしかしたら子供の頃に遊んだ子だったのかも」
「あら、会えたの? よかったじゃない」
 母親にとってはなんてことのない出来事のようだ。
「やっぱり座敷童だよね? でもさ、ずっとおばあちゃんの家にいてくれるのかな?」
「どういうこと?」
「なんか不安になって。座敷童がおばあちゃんの家から出ていったら不幸になっちゃうよね?」
「やだぁ、そーんなこと心配してたの? バッカねぇ~」
「だって、おばあちゃんに昔読んでもらった本にそう書いてあったから」
「それじゃあまるで座敷童は不幸を呼ぶ存在じゃないの」
 くすくすと母親の笑い声が混じる。
「え?」
「じゃあ、おばあちゃんは座敷童のおかげで幸せだっていうの?」
 祖母の微笑みが浮かぶ。思い出す祖母の顔は優しい表情ばかりだ。
 座敷童がいるから……じゃない?
 祖母の幸せは、なにかから偶然与えられたもの? 僕はなにか大きな勘違いをしていたようだ。
「……あんたねぇ、悩みがあるなら相談しなさいよ」
 母親の根拠のない自信が羨ましい。
「はいはい、じゃあ」
 照れ隠しでそう言って電話を切った。
「けっぱれ、けっぱれ」
 新幹線の窓に映る景色を見ながら、祖母の言葉を反芻してみると、シワシワな両手の温もりまで蘇ってきた。
 祖母が買ってくれた座敷童のキーホルダーをひとつ、袋から出してみた。ひとつは自分に、もうひとつは母親に、そして、残りのひとつは……。
 さっき送ったメッセージは既読になっているものの返事がない。
「今は幸せじゃないの?」
 昨日の夜、座敷童に聞かれて自信を持って答えられなかった。
「おばあちゃんは座敷童のおかげで幸せだっていうの?」
 母の言葉も思い返されてくる。
 ああいう祖母だからまわりに人が集まって楽しそうにしているんであって、座敷童だってそんな祖母に惹かれているからずっとそばにいるのだろう。
 悠人は自分を振り返ってみた。紘果がいて、祖母がいて、家族がいて、友人もいる。祖母の家の座敷童だって悠人の前に姿を現してくれた。そして、祖母が贈ってくれた座敷童もこの手にいる。
「今は幸せじゃないの?」
 紘果だったらどう答えるんだろう。
 悠人は座敷童を見つめる。自分の手には幸せがあった。この子がずっと自分と一緒にいたいと思ってくれるように、と、優しく握りしめた。窓の外の景色が風の速さで流れていく。
 今度は紘果を連れてこよう。いまは自分がそうしたいとちゃんとわかる。
〈お土産渡したいから今夜会いたいんだけど〉
 紘果にメッセージを送る。
 手の中の赤い着物を着た親指ほどの座敷童の顔には、目しか描かれていない。それなのに、しっかり悠人に微笑みかけているように見えた。

(了)

<本作品のモチーフにしたお話・文化>
「座敷わらし(『遠野物語』)」

*この物語はフィクションです

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日本各地のストーリー創作

プロジェクト参加作家

  • 岩手県 柿沼雅美

    柿沼雅美(かきぬま・まさみ)

    1985年、東京都生まれ神奈川県育ち。
    清泉女子大学文学部日本語日本文学科卒業。大学職員勤務を経て作詞家に。
    JUJU、Snow Man、ジャニーズJr、ミュージカル刀剣乱舞、テニスの王子様Rising Beat、ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、MORISAKI WIN、亜咲花、三澤紗千香、上月せれな、等の楽曲へ作詞で参加。

    「けっぱれ」

    久しぶりに岩手県で暮らす祖母のもとを訪れることになった悠人。到着したその日の夜、一人の少女と出会ったことで、懐かしい気持ちとともにある不安が湧いてくる。その不安は、祖母と別れるまで悠人を悩ませ続けるが……

  • 静岡県 乘金顕斗

    乘金顕斗(のりかね・けんと)

    小説家。1992年生まれ。兵庫県在住。2017年、公募から「たべるのがおそいvol.3(書肆侃侃房)」に『虫歯になった女』が掲載。2019年に短編集「対岸にいる男」(惑星と口笛ブックス)。2020年、「kaze no tanbun 移動図書館の子供たち(柏書房)」に掌編『ケンちゃん』。2021年、第7回ブックショートアワード大賞受賞。

    「海の見える街で私たち」

    環奈と美弥は、子供の頃から一緒に熱海の街を走って過ごしてきた。お互いを大切に思い合う二人はしかし、貫一お宮之像の前でそのポーズを真似して撮った写真をSNSに投稿したことで、大きくすれ違いはじめる。

  • 福岡県 菅原敏

    菅原敏(すがわら・びん)

    詩人。 2011年、アメリカの出版社PRE/POSTより詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』をリリース。 以降、執筆活動を軸にラジオでの朗読や歌詞提供、欧米やロシアでの海外公演など幅広く詩を表現。近著に『かのひと 超訳世界恋愛詩集』(東京新聞)、燃やすとレモンの香る詩集『果実は空に投げ たくさんの星をつくること』(mitosaya)、『季節を脱いで ふたりは潜る』(雷鳥社)。 東京藝術大学 非常勤講師
    http://sugawarabin.com/

    「琥珀色の瓶」

    幼い頃、両親と過ごした福岡市郊外に家を買った「私」は、亡くなった母が大切に育てていた梅の枝を携えて引っ越しをする。福岡、京都と行き来する梅の木とそれに重なる家族の思い出、そしてこれからの「私」の暮らし。